第2章 何を守るか

情報感度の3段階分類

この章のポイント:

情報の3段階分類(リスクベース)

Level 情報の例 流出インパクト 配置先 AIコーディング支援
Level 1
(低)
業務改善スクリプト・テストコード・内部ツール 低:汎用技術・固有性が低い SaaS 有効(制限なし)
Level 2
(中)
BSW/CDD実装(ハンドコード) HWとセットで価値提供。ノウハウが流出してもビジネスへの影響は限定的。 SaaS + Content Exclusion(除外設定) 有効(除外設定必須)
Level 3
(高)
機能設計書、MBD(コアロジック、APP実装)、AUTOSAR Configuration、メカ設計、エレキ設計 HWと独立してSWとして価値提供。流出するとビジネスへの影響大。専用ツールのバイナリ形式のためSaaSの利点も薄い。 オンプレ / プライベートクラウド 無効(直接参照させない。SaaSの主戦場外。)
Level 3
(最高)
客先固有仕様・OEM規格 契約違反リスク オンプレ / プライベートクラウド 無効(直接参照させない)

AUTOSAR補足:車載ECUのSW標準アーキテクチャ。
APP層:車両制御アルゴリズム・機能実装(MBDで開発されることが多い)→ Level 3
BSW(Basic Software):OS・通信スタック・診断等の基盤SW(COTS製品が多い)→ Level 2
CDD(Complex Device Driver):BSWでカバーされないHW固有の制御ドライバ → Level 2
RTE(Runtime Environment):APP層とBSW層を繋ぐ通信ミドルウェア → Level 2〜3

成果物タイプ別の配置原則

車載SW開発では、コードだけでなく要求・試験・モデルなど多様な成果物がある。それぞれ「最も適した正本システム」が異なる。

成果物タイプ 推奨配置先 方針
ハンドコード(BSW/CDD実装・内部ツール等) GitHub(GHEC) 実装・差分・CI/CDの中心。Copilotの効果が最も出やすい
実装近傍の設計メモ / ADR※1 GitHub(GHEC) コード近傍で保守することでAIが参照しやすくなる
テストコード / CIスクリプト GitHub(GHEC) 実装と一体運用
Simulink / MBD モデル正本 MBD基盤 / ALM参照 .slxはバイナリ形式のため専用diff/merge必須。生成コード・補助スクリプトはGitHubで管理可
客先要求 / SW要件 / 試験仕様 ALMツール(将来) 正式要求・監査の正本。GitHubに置かないことを推奨(詳細は第4章
機能設計書・客先仕様(Level 3) オンプレ / PLM AIへの直接参照不可。要約のみ開示する設計が必要
周辺文書 / 業務ノウハウ SharePoint / PLM 原本維持。将来的に横断エージェントで参照可能にする

※1 ADR(Architecture Decision Record):設計判断の背景・選択肢・結論を記録した文書。なぜその設計を選んだかをコードと一緒に残すことで、後からAIが設計意図を参照できるようになる。

この分類で何が決まるか

Copilotで今すぐ始められるのは、Level 1〜2の範囲。

次の章では、この分類を前提に「どう承認を取り、どう展開するか」の具体的なステップを示す。

分散リポジトリのままで「論理的一元管理」を実現する

Level分類に従うと、情報は必然的に複数の場所に分散する。

「分散したら、ナレッジが一元管理されないのでは?」 — これは正当な懸念だが、MCP(Model Context Protocol)を使うと、物理的に分散していても AIから見ると論理的に繋がった一つのナレッジ基盤 として見える設計が実現できる。

MCP(Model Context Protocol)とは

Anthropicが提案し、OpenAI・Google・Microsoftも支持する標準プロトコル。AIエージェントが外部のデータソース(リポジトリ・ドキュメント・DBなど)をツールとして呼び出すための共通仕様。2026年4月時点でFortune 500の数百社以上が本番稼働中(月間SDKダウンロード数9,700万回超)。GitHub公式のMCP Serverは2025年4月からパブリックプレビュー。

物理的に分散 → 論理的には繋がっている

構成
物理層
(分散している)
SaaS(GHEC):BSW/CDD実装・テストコード・内部ツール
オンプレ:機能設計書・客先仕様・APP実装
ALMツール(将来):要求・試験仕様・トレース情報
接続層
(MCPで繋ぐ)
各リポジトリにMCPサーバーを設置。AIエージェントがツール呼び出しで横断参照できる状態を作る
論理層
(AIには一つに見える)
AIエージェントの問い合わせに対して:
・SaaS側 → コード・PR・Issueを検索・参照
・オンプレ側 → 設計書・仕様を参照(要約・属性・参照リンクのみ返す。本体は社内に残す)
・ALMツール側 → 要求ID・試験IDを参照(OSLC / REST APIで接続)

重要:オンプレのLevel 3情報はMCPでも本体を外に出さない。
MCPサーバーはオンプレ側に設置し、AIが参照できるのは「要約・属性・参照リンク」のみ。機能設計書や客先仕様のファイル本体はSaaSに送出しない設計にする。これによりLevel 3情報のセキュリティを保ちながら、AIが「存在と概要」を把握できる状態を作れる。

段階的に広げられる設計

MCPベースの論理一元管理は、物理構造を変えずに接続範囲だけを拡張できる。

フェーズ 接続範囲 AIが参照できるもの
今すぐ(フェーズ1) GHECのみ コード・PR・Issue・ADR
中期(フェーズ2〜3) GHEC + ALMツール(OSLC/REST API) 上記 + 要求ID・試験ID・トレース情報
長期(最終形) 上記 + オンプレ(MCPサーバー設置) 上記 + 設計書・仕様の概要(本体は社内保持)
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作成:2026-04 · zooming-knowledge-strata · 公開情報のみ使用